遺伝情報に基づいた個別化治療の開発

 薬物代謝酵素・薬物排出トランスポータ・イオンチャネル遺伝子多型に基づいた薬物投与設計


1.薬理遺伝学的根拠に基づいた抗てんかん薬の個別化薬物療法

抗てんかん薬(AED)は、有効血中濃度域が狭く,代謝活性(血中濃度)の個体差が大きいことから 血中薬物濃度モニタリング(TDM)を必要とするものが多い.熊本大学大学院医学薬学研究部を中心としたグループでは,てんかん患者(約600症例)のカルテとTDM測定結果から, 患者の年齢,身長,体重,AED投与量と血中濃度,併用薬等を調査して,AED代謝や分布、有効性、副作用発現に関わる各種代謝酵素、トランスポーター、イオンチャネル等の遺伝子型に基づいたAEDの薬物投与設計モデルの作成と治療効果予測、副作用予防の研究を行っている.

○抗てんかん薬治療と薬物代謝酵素の遺伝子多型に関する研究
クロバザム(CLB)治療におけるCYP2C19遺伝子多型の影響について検討した(Seo T et al.Pharmacogenomics 9:527, 2008). CLBは,CYP3Aによって活性代謝物のNデスメチル体(N-CLB)に変換され,その後CYP2C19で不活化される.このCYP2C19は日本人の約20%で 遺伝的に欠損しており,欠損者(PM)では有意にN-CLBの血中濃度と血中濃度/投与量比(C/D比)が上昇し(図1a),CLB治療を中止した患者の 割合はPMが最も低かった(図1b). CYP2C19遺伝子多型とCLBにおける 体重増加への影響について解析中である.



   図1a.血中CLB濃度とN-CLB濃度の関係


    図1b.CLB治療を中止した患者の割合


また,カルバマゼピン(CBZ)治療における肝障害とグルタチオン転移酵素(GST)の遺伝的欠損の関係について検討した (Ueda K et al.Pharmaconenomics 8:435, 2007).CBZは,CYP3Aによって活性代謝物のエポキシド体 (CBZ-E)に変換され,その後GSTとmEHによって不活化される(図2a).GSTM1とGSTT1を遺伝的に両方欠損する者では,他の遺伝子型より有意に トランスアミラーゼの上昇を認めた(図2b).


     図2a.カルバマゼピン(CBZ)の代謝経路


図2b.GSTM1とGSTT1遺伝子型の組み合わせによる検査値の比較


 また,バルプロ酸(VPA)治療における肝障害へのGST遺伝子多型の影響を検討したところ,GSTM1の遺伝的欠損者及びGSTM1とGSTT1の両方を 欠損する者ではγ-グルタミルトランフェラーゼが有意に上昇した(Fukushima Y et al.Clin Chim Acta 389:98, 2008).現在, 活性酸素を消去する主要な酵素であるミトコンドリアスーパオキシドジスムターゼ(SOD2)の遺伝子多型と AEDによる肝障害との関係について解析中である.



○抗てんかん薬治療とトランスポータ・イオンチャネルの遺伝子多型に関する研究
てんかん患者の約3割を占める治療抵抗性てんかんでは,作用点や代謝経路が異なる複数の薬物が効かない. その原因として P‐glycoprotein (P‐gp) 等の薬物排出トランスポータによる効果発現部位(脳)からの薬剤の排泄が考えられている. 我々は,P‐gpをコードするABCB1遺伝子多型がP‐gpの発現量や活性増加に関与することで,AEDの消化管での吸収阻害及び 脳(作用部位)からの排泄促進により血中濃度と治療効果の低下がみられるのではないかと考え,P‐gp の基質であるCBZの 体内動態に及ぼす影響と,抗てんかん薬の治療効果に与える影響について検討した.その結果,ABCB1遺伝子のC1236T,G2677A/T, C3435TのCGC/CGCディプロタイプが治療抵抗性に影響を及ぼすことを示した(図3)が,その結果は過去の白人での報告の逆であり,ABCB1の多型の表現型には人種差が存在することを示唆した(Seo T et al.Pharmacogenomics 7:551, 2006).



         図3.ABCB1のディプロタイプとカルバマゼピンの治療効果


また,MRP2をコードするABCC2の遺伝子多型がAEDの治療効果に及ぼす影響を検討したが,ABCC2の遺伝子多型及びハプロタイプと 治療抵抗性との有意な関係は認めなかった(Seo T et al.J Pham Pharmacol 60:631, 2008). 加えて,NaチャネルαサブユニットをコードするSCNA1のIVS5-91 G>A遺伝子多型とAEDの治療効果との関係を検討したところ, AA遺伝子型がCBZ抵抗性に影響することを示唆した(Abe T et al. Br J Clin Pharmacol 66:304, 2008).



2.遺伝的多型を組み込んだ母集団薬物動態解析

熊本大学大学院医学薬学研究部を中心としたグループでは、nonlinear mixed effect model (NONMEM) プログラムを用いて母集団薬物動態を求めている.本法は1人1回TDM結果でも解析が可能であり,患者の生理的要因,病態的要因等を考慮した母集団 平均パラメータ,個体間変動,残差誤差を同時に解析できるだけでなく,下記の式のごとく遺伝子型の影響を他の要因とともに定量的に推定できる点が優れている.



上式のように遺伝子型とその他の要因の影響を同時に定量的に表すことで,より臨床に即した投与設計に役立つと考える.
また,CBZ治療におけるCYP3A5(CYP3A4とともにCBZの代謝酵素)の遺伝子多型の影響に関する解析では,ヒト肝ミクロゾームではCYP3A5を発現しない遺伝子型CYP3A5*3/*3を有する患者の方が肝CYP3A5活性のある患者よりCBZクリアランスが有意に高いことを下式によって明らかにし,CYP3A遺伝子型の臨床における意義を問い直した(Seo T et al.Clin Pharmacol Ther 79:509, 2006).



また,てんかん患者におけるフェノバルビタールクリアランスにCYP2C9の遺伝子型が影響を与えることを初めて明らかにした (Goto S et al.Ther Drug Monit 29:118, 2007).



さらに,ゾニサミド(ZNS)クリアランスがてんかん患者が保有するCYP2C19の遺伝子変異の数に伴って (ヘテロ変異型: 16%,ホモ変異型: 30%)低下することを初めて明らかにした(Okada Y et al. Ther Drug Monit 30:540, 2008).



今後,これらの予測式に他の対象遺伝子を含めて解析することや他の薬物に拡大すること,その予測式を用いた前向き試験による 効果判定,予測式から大きく外れる症例における新規変異遺伝子の探索など様々な展開が期待できる.また、弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座と共同で、遺伝子診断により得られたCYP遺伝子型と上記モデルから、最適なAED投与量を算定するシステムの構築を目指している。